フェミニストアートの力

フェミニストアートと経済構造の批判:資本主義とジェンダー不平等への問いかけとその社会影響

Tags: フェミニストアート, 経済批判, ジェンダー, 労働, 資本主義

フェミニストアートは、身体、セクシュアリティ、アイデンティティといった領域に深く切り込むと同時に、より広範な社会構造、とりわけ経済システムにおけるジェンダー不平等にも鋭い批判の目を向けてきました。資本主義経済はしばしば、生産性と効率性を至上とする一方で、特定の労働、特にケア労働や感情労働といったジェンダー化された労働を不可視化し、その価値を低く見積もる傾向があります。本稿では、フェミニストアートがどのようにこの経済構造のジェンダー化された側面を可視化し、批判し、社会的な議論を喚起してきたのかを専門的な視点から考察します。

経済構造への問いかけの歴史的背景

1960年代後半から70年代にかけての第二波フェミニズムは、「個人的なことは政治的なこと」というスローガンのもと、女性の日常生活における抑圧が社会構造に根差していることを指摘しました。この時期、女性の経済的な自立、職場における平等、そして無償労働である家事・育児の価値の認識が重要な課題となりました。フェミニストアーティストたちは、美術制度内での女性アーティストの評価の低さや、市場におけるジェンダー格差といった自身の経験を作品化すると同時に、家計を支えるための労働、そして家庭内での再生産労働といった、これまで経済学や美術の主題とされてこなかった領域に光を当て始めました。

例えば、マーサ・ロスラーの映像作品《Semiotics of the Kitchen》(1975年)は、キッチンという空間における女性の役割と、それに付随する労働の反復性、そしてそこに潜む不満や抵抗を、ユーモアと皮肉を交えながらも鮮烈に表現しています。これは直接的に経済システムを分析するものではありませんが、近代資本主義経済が作り出したジェンダー化された空間と労働への批判的な視点を提供するものです。

不可視化された労働と価値の可視化

フェミニストアートの重要な貢献の一つは、経済システムの中で価値を認められてこなかった、あるいは意図的に不可視化されてきた労働を可視化しようとする試みです。特に、ケア労働、家事労働、感情労働といった領域は、賃金が発生しない、あるいは低賃金であるために経済的な指標に表れにくく、社会的評価も低い傾向にあります。

アーティストたちは、これらの労働をテーマにした作品を通じて、その重労働性、不可欠性、そしてそれが経済システム全体を支えているという事実を提示しました。例えば、あるアーティストは、自身の家事労働に費やした時間を記録し、もしそれが市場価値として計算されたらいくらになるのかを試算するプロジェクトを行いました。また、グローバルな文脈では、フィリピンや他の国々から富裕国へ出稼ぎに行くケアワーカーたちの経験に焦点を当て、彼女たちの経済的・社会的な位置づけや、資本主義とグローバル化がもたらすジェンダー化された移動と労働について問いかける作品も多数生まれています。これらの実践は、単にアートの主題を広げるだけでなく、「労働」や「価値」といった経済学の根幹に関わる概念を再定義することを社会に促すものです。

資本主義システムそのものへの批判とオルタナティブの模索

さらに踏み込んで、フェミニストアーティストたちは資本主義システムそのものが内包する搾取や不平等な構造を批判する実践も展開しています。消費文化、広告による身体やジェンダーの規程、あるいは金融資本主義の非人間性といったテーマは、批判の対象となってきました。

例えば、バーバラ・クルーガーは、資本主義社会における欲望、権力、ジェンダーのイメージを、広告の形式を模倣した強力なテキストとイメージのコラージュによって暴露しました。その簡潔で挑発的なメッセージは、メディアと資本主義が女性の身体や役割をいかに商品化し、操作しているかを明らかにします。

また、現代においては、デジタル経済におけるジェンダー化された労働(例:クラウドソーシングにおける低賃金労働)や、アート市場におけるジェンダー格差、そして気候変動と結びついた環境フェミニズムの視点から、資本主義の限界とオルタナティブな経済のあり方を模索するアーティストも現れています。協同組合的な制作、贈与経済に基づいたプロジェクト、あるいは既存の市場メカニズムに依らない作品配布の方法論などは、資本主義的な価値観や交換システムへの抵抗として位置づけることができます。

まとめと今後の展望

フェミニストアートは、単に美的な表現に留まらず、社会の根幹をなす経済システムに内在するジェンダー不平等と深く向き合ってきました。不可視化された労働の可視化、資本主義の構造的批判、そしてオルタナティブな経済関係性の模索といった実践を通じて、フェミニストアートは、経済的な領域においてもジェンダー規範がどのように働き、どのような抑圧を生み出しているのかを明らかにし、社会的な議論を深める上で重要な役割を果たしています。

美術館キュレーターや美術研究者、そして社会学・ジェンダー研究に携わる専門家の皆様にとって、フェミニストアートの経済構造への問いかけは、単なる芸術批評の対象にとどまらず、現代社会が直面する経済的な課題をジェンダーの視点から捉え直すための重要な視座を提供するものです。今後も、変化する経済状況の中で、フェミニストアートがどのような新たな批判や提案を行っていくのか、その動向を注視していくことが求められます。